石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

あまくない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060626-00000019-mai-int


これを読んで
なんかふつふつとおなかに湧いてきた叫び


以下
勢いで書いたので
ちょっと口汚いですが行きます(爆

        • -


問題なのは同性かどうかじゃなく
愛してるかどうかだ


愛を
軽んじすぎだ。
愛はもっと大変で苦しくって努力も苦労もいって
とにかく自分との闘いなんだ


同性愛以前にすでに離婚がこれだけ多いのは
愛のあり方が問題なんだ


同性か異性かなんか些末な問題だ
私の現場ではいつも愛が問題で
それが愛じゃない場合が多すぎるんだ。


愛じゃなかったり
愛せてなかったり
愛を踏みにじってたり
愛がなかったり。


同性か異性か
血が繋がってるか繋がってないか
不倫か婚姻か
内縁か正式か。
んなこたどうでもいいとはいわん
しかしそれ以前の問題が全く手つかずなんだ
愛せてるかどうかなんだ
それさえちゃんとしてれば
同性愛の結婚で養子貰ったって何の問題もないはずだ。


愛は人に自己充足感を与えるのだ
人を支えるのだ
だから愛することに意味がある。
愛する人も自分が満たされる。
子供が愛されなければならないのは
自分の自尊心と充足感と安定感を育てるためだ。
愛されたと感じないで育った子供は
後天的にそれを必死になって自分の身体の中に育てなきゃいけなくなる。


愛っていったときみんなだいたい
若い子は特に
なにかしてもらうことばっかりかんがえてるし
自分のことばっかり考えてるし
未来の不安ばかり打ち消そうとしてるし
自分の手応えをだれかの好意だけで支えようと思っている。
それを自分の方にひきよせて
相手の身になったり
相手の可能性を考えたり
相手の力になったり
今現在を自分で主体的に生きたりすることができるようになるのに
死ぬほど激しい苦しさと犠牲と傷を必要とするんだ。


失敗して文字通り死ぬ人もいる。
変化を引き受けずに
いつまでも苦しみ続ける人もいる。
愛することをどうしても選べずに傷を負い
そのあと、長い時間をかけて自分を許すことが出来る人もいれば
自分の傷を「見ないふり」する人もいる。


変化が訪れる
とわたしはよく占いに書くけど
それを選び取る人と選び取らない人がいるんだ。


よく
「運命は決まっているんですか」
と聞かれる。
そのとき
私は占いやオカルトチックな論理を根拠にではなく
純粋に、個人の悩みの相談を受けまくったこの6年の肌感覚の満身創痍な体験をモトにいつも言う。
その変化が訪れたとき
それを引き受けるか引き受けないかを
人はいつも選んでいるんだ、と。
だから運命は決まってない
そこで引き受ける人とそうでない人で
道が分かれるんだ、と。
同じホロスコープを持ってるヤツでも
人生が違うのは
そのせいなんだ、と。


逃げる人もいるし
踏みとどまる人もいる。
踏みとどまった人だけが
傷つき、苦しみ、ないてわめいてそのあと
人を愛せるし、結果、人に愛されるようになる。


私だって断然逃げてきた。
逃げる感覚と踏みとどまる感覚の違いをからだで知っている。
前者はラクだ。
後者は死ぬほどコワイ。


形によって愛が育つことはない。
愛は育てるもんであって、
能動的にやるもんであって
やって貰ったり自然に生まれたり
自然に芽生えたり育ったりするんじゃないんだ。


あえて言うが
ハンコつくかとか寝たかどうかとか
そんな些末な枝葉のこと(愛の本質という問題からいけば実に些末だ)にしか関心がむかない状態では
どんな問題も(問題が起こってるとすればだが)
解決できるわけなんかないんだ。
多くの場合
ハンコついたかとか寝たかどうかで悩んでいる人は
本当に悩まなきゃいけないことからは
目を背けている。


だから私が
食べていけちゃうんだが(爆