石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

新月

もうすぐ新月だ。
新月前後は、(満月前後もそうだけど)
なんかこう
落ち着かない雰囲気になる向きが多いカンジがする。


今回は蟹座の新月なので
さらに
度数が若いので
インパクト強そうなイメージ。




とはいえ蟹座は
「終末宮」
ともいわれる場所で
「帰ってくる場所」
とでもいいたいようなところである。
自分が帰る場所でもあるし
他人が帰ってくる場所でもある。

来月から水星がここで逆行する。
なんかすごく
「帰る場所」
「戻る場所」
「どこにいっても結局そこに紐が付いてる場所」
ということが
視野に入ってきそうな気がする。


最終的にどうなるか
ということを
ふだんは誰しも
あまり気にはしない。
その彼と付き合って結婚してそのあと「最終的に」どうなるか。
その仕事を得て「最終的に」どうなるか。
成功した、そのあと。
そんなことは考えてもわからないので
考えるだけムダ
というスタンスもある。
かくいう私もそうだ(爆


でも。
最終的に
というのはもしかしたら
そんなあやふやなもんでもないのかもしれない。
たとえば
今目の前にあって、この先もたぶん
どんなことがあっても絶対に失われなさそうなモノ
というのを探してみる。
まあ理性的に考えれば
自分の身体から始まって
所有物から不動産から人間関係からなにもかも
たぶんかわらないもんなんかないのだが
でもなにかしら
ありそうな気もする。


最終段階でも
残ってるモノ。
最終回で
写ってるモノ。
そしていまもここにあるもの。


うしなわれてもうしなわれてもうしなわれないもの。


そういうふうに考えたとき
愛とか友情とかってそういうところにあればいいなあ
とおもった。
たとえ友達100人出来ようが
たとえ病気になって昔のことを全部忘れてしまおうが
たとえ他の人を好きになろうが
たとえ意識がなくなろうが
なんか
ありそうな気がする。
おぼえていて
いつもあたたかい思いで思い出せる存在、というような。
そういう存在に向かう気持ち、というような。


役に立つとか
価値があるとか
そういうのはいつかなくなってしまう。
そういうのがなくなっても、残るもの。


蟹座新月と水星逆行を見ていて
なんとなくそういうことをおもった。
このかたちには、魚座天王星蠍座木星がまとわりついている。
壊れても
失われても
変化しても
腐ってもあとかたもなくなったように見えても
やっぱりそこに
残っているもの。


魂とか思い出とかじゃなく
もっと実体的に
もっといますぐここに
そういうものがあるのだという「具体性」を
水の星座は体現している気がするし
どうしてもいやでもおうでも
そうじゃなきゃいけないんだと思うのだ。