石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

選択

いただきもの(ありがとうございます!Y様!)

でそのなかは

となりさらに

わーーーーい♪
ザッハトルテだ!!!


今一切れいただいたのですが・・・・・・・・


やばい
これ
ホンモノだ(汗


メッテルニヒのお抱えコックが考案したという濃厚トルテ・・・・
あらためて
大事にいただきます(感涙


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先日お会いした方は
長年編集者をしてらしたのだが
「取材して文章を書くということがどうも、
 じぶんでやっていて、傲慢なように思えてイヤだった」
とおっしゃっていた。
その言葉が
印象に残った。




某ネット知人の息子さんが最近
お店を始めようとしているらしい。
彼の夢は映画監督になることで
東京で奮闘しているのだ。
お店をはじめるといっても資金がないので
人に借りよう
とおもったそうだ。
そしたら
彼の友人や日記の読者に
総スカンをくらった(ようにみえた)。


反論はおおよそ
お金借りるってなまやさしいものじゃない
自分でちゃんと貯めてからやればいいだろう
という趣旨だったとおもう。


いやどうだろうな
と私は思った。
小生産者の禁欲的な倫理に基づく蓄財が資本形成に繋がるという牧歌的なイメージ
というフレーズを久々に
思い出してしまった。


彼はもうけたいわけではないのだ。
だからまあ
資本形成とかはどうでもイイいんだけど
事業を始めるならまずまじめにお金を貯めましょう
っていうのは
資本「主義」社会が労働者を日々まじめに働かせるために有り難くも垂れてくれるうそっこのおはなしなわけで
そんなもんに縛られる必然性は
特に
ナイ
といえる(と思う)。


確かに
あとでお金を返すために苦しんだり
その貸し借りのために人間関係が壊れたりする
という
根元的かつ個人的な苦しさを心配する友情は
とてもよくわかる。
そういう苦しさは
とても苦しい。


でも彼だってそんなこと
充分想像しているだろう。
その上で
決めたことだろう(と想像する)。
それは
覚悟として
尊重してあげたっていいではないか(と思うのは私も甘いのだろうか)。


まあ
借りられれば、の話である。
借りたいと思って動いたけど借りられなかった
ということになるならそれでそれはまた
一つの貴重な、素晴らしい体験だ。


で。
私がおもしろいなあとおもったのは
彼が選択した道のことだ。
彼は今まで、バイトとか演劇とかいろんなイベントとかヒッチハイクの旅とか路上店舗とか
いろんな活動をやってきた。
でも、それらはみんな
「短期的」
なものだった。
ケツがある。
終わりが来る。
いついつまで、と、わかっている。
そのときがくれば、終了「しなければならない」テーマだった。
でも今回彼が発見したのは
映画監督のアシスタントに潜り込むことでも
配給会社のバイトにいくことでもなく
お店を持つこと
だった。


お店を持つこと
には
今まで彼がチャレンジしてきたこととは
全く違った要素がたくさん入っている。
継続性があること。
いわゆる「ステイクホルダー」が出来ること(ここにも継続性は存在する)。
動かない「場所」があること。
一時的ではない責任者となってそこから動かないこと。


これはおそらく
彼がまだ未経験のゾーンかな
とおもった。
更に言えば彼の父は自営業者で店を経営しているのだからして
彼は無意識に
父を射程距離に入れているのかもしれない。
子供の頃から「店」ということは
彼の身近にあったのだ。
でも彼はそういうスタイルの活動はいままで
してこなかった。


映画監督になるということは
冒頭に述べたような「傲慢さ」への危険性が
常につきまとう。
大自然でも撮りに行くのでない限り
そこには
「人」
が映し出される。
生きとし生ける人。
私の先生の言葉を借りれば
「日々生活を生産し再生産する」人々。


いかなる題材だろうと
そういう人達の中に入って「撮る」ことには
ある外部の人間としての傲慢さがつきまとうのだ。


だとするなら
彼は今、たぶん意識はしていないと思うけど
そういう「撮られる側」のなんたるかを
身をもって体験しようとしているのかもしれない、と思ったのだ。


人の選択は
いつもおもしろい。
自分に一番必要なことを
自分の思考や意志とは関係なく
しかも、自分の思考や意志を原因としているつもりで、選び取っている。


彼のお店がうまくいこうが行かなかろうが
そんなことはどうだっていいのだ。
問題は
この彼にとってとても正しい「選択」を
彼がその選択の本当の動機までたどり着くほどにまっとうできるかということだ。


これは
誰にとっても常に起こり続けていることだろうと思う。



人にお金借りて店をやる
といったときに
「人様にメイワクをかける前に自分で貯めたらどうだ」
とか言わない彼の親ごさんは
さすが、えらいなー
とおもったわけなのだった。