石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

引き分けおめでとう

http://wc2006.yahoo.co.jp/voice/interview/ronaldinho.html

インタビュアー:「FIFAの最優秀選手に2年連続で選出されたことについては、どう感じている?」
ロナウジーニョ:「世界中のキャプテンや監督の投票で最優秀選手に選ばれたことには、
  本当に満足しているし誇りに思っている。彼らが2回も僕を選んでくれたなんて信じられないよ。
  その地位に恥じないように責任を果たさないとね。」



私はサッカーファンではないが
引用。


昨晩
知人と焼肉だったのだが
その席でテーマになったのは
「受け取る」
だった。
愛や友情や優しさや賞賛、そんなものを「受け取る」ことの難しさについて
その方は、現在、直面されていたようだった。
私も、そのことを考えた。


今朝、偶然読んだロナウジーニョのこの言葉は
すごくシンプルで、一見ありきたりだ。
でも
昨夜のテーマに対する、
ものすごくストレートな「答え」だ。
強く
明るくて
心にすっと入ってくる。


しびれた(TT


どうしてしびれたのかな
っておもうに
単に「感謝する」ではなく
「満足している」
という言葉があったからかもしれない。


「満足している」
って
なんて熱くおなかに落ちる言葉なんだろう。
安心する。


「満足する」
ことを恐れる気持ちというのが
世の中にはある。
「満足」してしまったら
もうそれ以上、もらえないのではないか
と思えるからだ。
だからいつも
「足りない」
って言っておきたくなる。


羽海野さんの「ハチクロ」に
「不幸自慢」をする18歳の建設現場で働く少年が出てくる。
彼はたぶん
自慢してるんじゃないのだ。
「足りない」「報われていない」
って言っていないと
だれももう、褒めてくれたり気にしてくれたりしないんじゃないかと
もうだれも自分を見てくれないんじゃないかと
そうおもってるんだ。
だからつい
「自分は苦しくて、全然足りない」
と言ってしまうのだ。
満足そうな竹本君をみて
むかっ腹が立つのだ。


私は彼の気持ちがよくわかる。

自分から今それがゆっくりと
しずかに消えつつあることを
楽しんでいる。


彼は本当は
竹本君が好きなのだ。
「足りない」って言っていないと!
という気持ちが消えていくと
なにがほんとにすきか

心の中から自然に沸き上がってくるのだろう。
すきだな
っていうきもちが湧いてくる余裕が出来る。


そしたらもう
受け取って「満足している」って言えるんだろう。



昨日お会いしたもうお一方は
ちょうどそんなことにかかわる出来事の直後で
そのお話をされていたときに
とても美しく
目がおちついた輝きに満ちていた。



ミュージシャンが語る言葉もスキだ(以前書いた)けど
スポーツ選手が語る言葉にも
ときどき
しびれる。