石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

うまれたままの

「・・・現実のありのままの姿を透徹した眼でとらえ、それによって、真と偽、ほんものとにせものとをはっきりと判別するのが理性である。理性は冷たい裁判官の一刀両断の刃ではなく、こころ温かい教師のしみ入るような慈眼である。」
 -「自分で考える」ということ 澤瀉久敬・著


理性。
そういうものが自分にあればよいなと思う。
哲学者に寄れば
それは、誰にでもあるのだそうだ。




それを起動してみようとすると
いつまでも自己批判ができる。
むいてもむいても皮が出てくるタマネギのようだ。


ひきもどして
「どうすればよいか」
に身を置いても
なんだか逃げているようでこころもとない。
不誠実な感じがする。
片思いから失恋して、その状態でだれかに言い寄られたとき
別にすぐにそっちにいけばいいようなものなのに
なぜか「前の片思いを捨てるのは不誠実なのではないか」と思ったりする
という物語があるが
そういう話に、最近、
ある種のリアリティを感じたりする。


人はいろいろな思いや相反する思考、
さまざまな部分でできている。
ホロスコープなんか書くと
10個も星がでてくる。



というのは
英語で書くとindividual、だが
これはそれ以上divideできない、つまり
それ以上分けられない
という意味だそうだ。
個性
っていうのは
その人のある特別の性質のことをいうみたいに思われているけど
多分、そうじゃなくて
その10個もある星で示されるいろいろの部分を
「統合する」
ことを言うんだろう。
太陽と天王星が重なってるから個性が強い
ではなくて
太陽と天王星の重なりと他のたくさんの星の力を自分でまとめていく
時に
ひとつの個性が出てくる
のだろうとおもう。
まとめる力。
多分それを「理性」と呼んだり
できるのかどうか。(不明)


でも多分
個性
とは
特徴
ではないのだ。


そして
様々な体験やそれを通じて得られる感情などもまた
統合される要素
の一つなのだろう。


しかしあれだ
いまこそ力を尽くして理性的であらねば
なんて
生まれて初めて思った。


やったことないから
これは相当
大変そうだ・・・・
なんでもはじめてのことは
なかなかうまくいかないものなのである


・・・
っていうか
いままでどんだけ野放図で生きてきたんだ自分(爆


自然人と
呼んで下さい(「野人」でも可)