石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

昨夜の月

iyukari2005-07-19

筋トレのパワーユーザー(?)のM様が送ってくださった、
昨夜の月の画像である。
ファイル名がタイムスタンプになっていたので
チャートを書いたら、
「満ちていく月」であり、
ドラゴンヘッドと120度、天王星と60度、
水星や金星ともこれから120度を組もうとしている、という
とてもはなばなしい配置の月だった。
なんだか縁起が良さそうなので
皆様にもおすそわけ、なのである。
あやかりたいあやかりたい。

昨日かおとといの新聞に
リチャード・ギア仏教徒
という記事があった。
び びっくり。
ダライ・ラマに弟子入りしたとか
自宅にはマイ・ザゼンルームがあるとか
たいへんな
さわぎ。
凝り性なのだそうだが
そうか
そこまでやるのか。
あの顔で
仏教徒なのか〜(汗

若かりし日のリチャード・ギア
「信じられる宗教がなくて悩んでいた」
のだそうだ。
そうか。
日常生活に宗教色の濃い文化の中に生まれると
仮にその宗教が信じられなかったとしても
他に
「信じられる宗教」
を探すようになるのかもしれない。
その宗教の教義は「ダメ、身体に合わない」とかなったとしても
「信仰を持つ」
事自体への潜在ニーズが、身体の中にあるのだろうな、と思った。
多くの国で
「信仰心が篤い」というのは
どんな宗教であれ、信用にたる人間である、という意味にあたる、らしい。
日本では「信仰心があつい人」イコール
「ちょっと変わった人」「でもいい人」
っていうくらいの感覚で捉える人が多いように思う。

ゴミの不法投棄が後を絶たない場所に
木彫りのお地蔵様を置いたら
全くゴミ捨てがなくなった、という話を、ニュースでやっていた。
貴方は宗教を信仰していますか
という問いに対して堂々と
「はい、私は信仰しています!」
といえる人は、日本では比率的に、あんまりおおくないと思うが
お地蔵様が置いてある場所に
何にも気にせずゴミを捨てられる人も、ほとんどいない、のだな。
京都でも立ち○○○よけに
壁の下の方に鳥居の形の飾りが付いている。
おそれおおくて
鳥居に○○○○は
ヨッパライでもなかなかかけられないのだろう。
「そんなことをやったら さきっぽからしびれがきて、くさって取れてしまうぞ!」
くらいの事を言われるかもしれない、とか想像して
そ そうかな。。。 そうかもな・・・
くらいに思ってしまうだろう。
信仰とは何か。
難しい問題だが
日本人はもしかしたら
世界的なアベレージでゆくと
けっこう敬虔な人たちなのかもしれない。
正月の明治神宮の混み具合を見たら
大変な宗教大国、といえる、かもしれない。
若者の冬の恋は
ゲレンデと同じくらい、いやそれ以上に
神社仏閣で盛り上がっている。

リチャード・ギアは、小さな仏像を持って歩いているそうだ。
ロザリオを持って歩く感覚とにてるなあ、と思った。
昔は武士の兜の中に
観音開きに、仏像を納める場所があったというが
そんなふうに「頂く」感じはわかるんだけど
布にくるんでぐっと握りしめている、いつもそばにある、という感じは
あまり仏教にそぐわない気がするのは
私だけだろうか・・・
あっ、でも
なんかこう
「母の遺品の中に小さな仏像が・・」
みたいなのを
いつかドラマで見たかも・・・

仏教にもいろいろ宗派があって
それぞれおもいがけないスタイルがあるから
いちがいにはどうともいえないかな。。。
携帯マイ仏像
がすごく一般的な宗派もあるかもな。。
なんつっても
踊り念仏
とかもあるくらいだからな。。。ふ。


踊り念仏
じゃないけれど
曹○宗のお寺でお葬式にやる「挽歌」ってのも
鉦や太鼓をうちならし
坊様はぐるぐると歩き回ったりし
実ににぎやかで
かなしいのかたのしいのか
よくわからないくらいである。
眠っている仏様も
起きてしまうんではなかろうか
くらいの
いきおいだったりする。
涙に暮れた家族も
ちょっと我に返ってぼーっとしてしまうくらいの
いきおいだったりする。ふ。



ロンドンの同時多発テロなど
宗教がらみのニュースが毎日、入ってくる。
あくまで「がらみ」であって
目的や怒りは別のところにあるのだろう、という気もする。
ガザから撤退するのは
イスラエル側の一方的な譲歩だ、
そんなのゆるせない

大規模抗議デモがあったそうだ。


宗教は「比喩」であって
メタ言語で語れば
ひとつになってしまうだろう
という「夢」もある。
ダライラマローマ法王が語り合ったり出来るのは
そういう「夢」があるからなのだろう。
怒りを感じ、戦っているのは
宗教がある「から」ではなくて
その怒りを語るために
宗教という「言語」を使わざるを得ないからなのかもしれない

思ったりした。


太陽も月も
ときどき
神様みたいにおがんじゃうんだ。
じっと見つめて
願いをかけたりしちゃうんだ。
別に神様とかじゃなくて
「恒星」や「衛星」だということは重々わかってるんだけど
でもなんだか
特別なもので、人知を越えたもので、不思議なもので
もしかしたら私を守ったり罰したりする力があるのではなかろうか
と思えてしまうのは
地蔵がある場所にはゴミが捨てられない
ということと
ちょっと似ている
かもしれない。