石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

いよいよ

今日から「ゆかりマンション2」販売なのだ。。。。不安。
皆様どうぞよろしくお願い致しますm(--)m


ゆかりマンション2
というのは
今回発売する私の冊子である。
2005年下半期の12星座占いと、おまけテキストを載せている。
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/ym2.html
買ってねお願い(直球)


サイトでは、年報と週報というかたちで常々
12星座占いもどき
をかましている私であるが
このほかに、毎年「半期もの」をやっている。
1ヶ月モノの占いは雑誌「さくら・愛の物語」に連載しているので
年・月・週はほぼ定型になっていることになる。
したがって
半期モノ
では、その配信形式に、いつも若干のあそびがある。
フリーハンドなので、いろんな事に使っているわけだ。


この「半期もの」には、ちまい歴史がある。
何年か前、「インターネット博覧会」、ちぢめて「インパク」ちゅーのがあって
これはほぼ失敗と言われている気がするが(つまり期待したほどにはもりあがらなかった)
これに参加すべく企画された
「えるぱーく」
という、毎日新聞社が主催した女性向けのサイトがあったのだ。
このサイトは、掲示板がいっぱいあるような「コミュニティサイト」だったのだが
ここに12星座占いを掲載したのが、
筋トレ週報
のはじまりだった。
「筋トレ」はそもそも、個人占い、つまり個人の出生ホロスコープを書いて読み、
それをメールでお伝えする、というネタで始まったサイトだ。
当初完全な「シロウト」であった私(いや、いまもまあ、似たり寄ったりだが)は
むろん無料で占いをしていた。
そんな私に、「えるぱーく」様は、なんと
少しお金あげるから毎週星占いの記事を書かないか
と言ってくださったのだ。



占いを書くことになった。
単に12星座占いではおもしろくないので
なんと、各星座を3デークに分け、
36星座占い
を毎週やったのだ。
これ、
もう、
毛が抜けるほど辛かった。
量は多いし、慣れてないから
書く方も大変だったけど、読む方もさぞかし、、、、、だっただろうと
なんだか甘酸っぱい思い出である。
でも、1年ちょっとくらいやりぬいた。
しばらくしてインパクが終わり
そのころ、12星座占いに変えた。すごく楽になった。
それでも毎週、原稿用紙10枚分くらいの原稿を書いていたことになる。


そこからまたしばらくして
こんどは「えるぱーく」自体が、閉鎖されることになった。
たったひとつ持っていた「占いの仕事」が、なくなるんだなあ
とおもったら
泣けてきた〜(ボロ)
ではなくて、
なにかしたいなあ、と思った。
そこで、
「最終回、ちょうど年の半ばなので、
12星座に『今年の下半期』のコメントつけていいですか」
と編集長に打診したら
「いいですよ」
とオッケーをもらったので
勝手に書いて掲載して頂いたのが、
記念すべき初めての「下半期」だったのだ。
もちろん、その分原稿料がのせられたわけではない。
でも、ぽつぽつと「占い見てます」みたいなメールもいただくようになっていて
「読んでくれた人に何かしたいなあ」
と思っていたので
満足だった。
「毎週の12星座占い」は、そのままやめてしまっても良かったんだけど
2年もやってほとんど習慣になっていたし
なんかもったいない気がしたので
「筋トレ」のページとしてひきとった。
それが、なにをかくそう
「12星座分け週報」、つまり今の「筋トレ週報」の始まりなのだった。


一方、「半期モノ」はその後、
ノベルティにしたり、カレンダーに付けたり、PDF配信したり、
さまざまな経緯を経て、今に至る。
えるぱーく閉鎖当時は
「お仕事がなくなってさぞ、お気落としのことでしょう」
みたいなメッセージもいただいた。
たしかに、「あー、、、占いなんかやっぱり、仕事にはならんよな」と思って
ガッカリしていた記憶があるけど
でも、そのときに
「お礼に半期モノを書いてみよう」
とか
「自分のところで12星座の週報やったら、もっと自由に出来るな」
とか思ったことが
結果としては、いいふうになったよなあ、と、
自分では、思っている。
原稿仕事は
なんたって「お金がもらえる」ので
それは文句なしに生活が助かってうれしくって万歳で良いんだけど
一方で
文字数制限と〆切
というものがつきまとう。
私は
長く書きたいときもあれば、短く書きたいときもあるんだぜ
というタイプなので
この制限は、わりと、気になる。
この点、自分のところでやるのは、すごく気が楽だ。
まあ
だれだって、タダでやることは気が楽だろうがな。ふ。


実は最近メールで
「石井さんはなんのために筋トレ週報書いているのですか」
というメッセージをいただいたのだ。
「なんのために」
と改めて自問自答すると
うむむむむむ

考えてしまう。
私が星占いに出会ったのは、23歳くらいの時で
それまでは、美容院に行ったとき、ひまつぶしに雑誌の占いをちょこっと見る、くらいのもので
別に興味も関心もなかったのだ。
そこからウン年が経ち
たくさんの偶然や必然が重なって
今、毎日のようにホロスコープとにらめっこしている自分がいる。
なんのために?


20代、真剣に進路や未来を考え
「やりたいこと」や「夢」を作り出そうとし
毛が抜けるほど悩んだ。
そこで考えついたことはほぼみんな
みごとにぽしゃって、いまは跡形もない。
でも、あのとき「悩んだ」事自体は、死んでいなくて
私の血肉になっている、と
それだけは確信を持って言える。
「筋トレ週報」
を私がなんのために書いているのか、私にもよくわからない。
でも、それは、一連のできごとの結論というか、
自然な帰結なんだなあ、ということは、わかる。
これがいつまで続くのかわからないけれど
でも、続けていくことに今のところ
根元的な疑問というのは、持ってないのかもしれない。
たぶん楽しさもあり、うれしさもあるんだろう。
むろん、書くのがおっくうだったりしんどかったりすることも、また、あるのだが。


川がたくさん支流を集めて流れるように
ひとの「仕事」もまた、たくさんの支流をあつめて出来ているのだろう。
「支流」
は、その人の体験や記憶、成長でもあるし
また、「誰かの手」「誰かのニーズ」であったりもする。
だれかのため、なにかのために仕事をする、という人も勿論あるだろうが
「仕事」自体は、そんなふうに
どこが源流とも言い切れないような、
たくさんの細い流れをあつめてできあがる、大河のようなものなのかもな、と
最近は、思っている。
「筋トレ週報」は無料コンテンツだし
これからもタダでやるつもりだから
厳密な意味で「仕事」かというと
たぶん「違う」と判断されるのだろう。
でも、お金もらってるかどうか、という点だけを除けば
私にとってこれは「仕事」に限りなく近いものかもなあ、という気が、する。
それは、あまりにもささやかすぎるかもしれないけど
やっぱり
私と社会との「結節点」なのだ。