石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

大事故

兵庫で大事故が起こった。
宝塚、伊丹、尼崎、という地名でまず地震を思い出す。
またあの場所で、大惨事なのか。。
まだ救出が続いているそうだが
一人でも多くの人に助かってほしい。
自分が身近に大事に思う人たちのことと想像すると
胸が痛くて仕方がない。
50人が亡くなったことで
一体そのまわりの何人が、どんな重荷を背負うのだろう、と思うと
もう 想像を遙かに超えている。

家族や愛する人の安否が確認できなくて胸が締め付けられるように苦しい
という状態は
誰もが人生に何度かは 体験することだと思う。
その多くは
ちょっとした連絡のゆきちがいとか、ちょっとした足止めとか
そういうことで、ほっと安堵できるような出来事だ。
でも
そのまま相手に二度と会えなくなってしまったこと
私にも、あった。
そういう思いをしている人が、今まさに、50人以上確実にいるのだ。
それを思うだけで
苦しい。
祈ることしかできないのが
苦しい。


恋や家族の悩み、離婚のことなど
占いでは、さまざまな「大事な人について」の相談を受ける。
内容はほんとうにいろいろで、千差万別で、
その答えは、人によってほんとうに、ちがう。
でも
ひとつだけいつもかわらない真実は
「人はいつ、どうなるかわからないのだ」
「明日、いきなり会えなくなってしまうかもしれないのだ」
ということだ。
今生きていて
その人に触れていられるというのは
奇跡のようなことなんだ。
たとえ別れ話だったとしても
その人の声が聞けるというのは
奇跡みたいなことなんだ。
でも
そのことがほんとうに実感できるのは
かなしいかな
相手が本当にいなくなってしまってから、になることが、多い。

たまに、恋をして悩んでいる人に尋ねることがある。
「相手が他の女性と付き合うのと、相手が事故で死んでしまって会えなくなるのと、
 ぶっちゃけ、どっちが、気が楽ですか」
ほんとうは、これはなかなか、難しい問題なのだ。
人に言うときは、自分だって善人でいたいから
前者、と答えるだろう。
でも、ほんとうは、どうだろう。
ほんとのほんとは、どうなんだろう。
たぶん私は今のところ
後者を選ぶのが「ホントの恋」で
前者を選ぶのが「ホントの愛」かもしれないな、と思っている。
他の女に渡すくらいなら殺してしまいたい!という思いも、あるだろう。
死んでしまうくらいなら誰かに渡してもいい、という思いも、あるだろう。
どっちも、別に、ウソではない。(実行しない限りにおいては)わるくもない。
ほんとのきもちだ。

話がそれた。



事故の速報を見ながら
おちつかないままに、チャートを書いた。
満月直後、金星と180度の、蠍座の月。
アセンダント天王星の120度
MCへ土星の120度。
ちょうど、バーターみたいになっている。
ファイナルディスポジターっていうか
ちょうど、魚座水瓶座のミューチュアルリセプションにたどりつくようになっていて
あとは牡牛座の金星。
これは先に書いたとおり、月とオポジション
アセンダント蟹座、MC魚座、月蠍座で起こっているこの事故は
なにか「心」が関係している事故なのでは、と、感じられる。
運転手なのか、置き石(?)みたいなのを置いた人なのか
それはわかんないけど。
火星・土星冥王星
木星・金星・天王星
でそれぞれ、ゆるいけどヨードが出来ている。
たった一つの原因ではなくて
いくつかの要素が合わさっている事故なのかもしれない。
ディセンダントルーラーが1室に入っているので
当事者以外に、誰か第三者が重要な役割を果たしている、というふうにも、読める。
いずれにせよ
もし仮に、星占いが何かを当てることが出来るのだとしても
私なんかには、なにもわかりっこないんだけれど。

トレンドマイクロの事件があった直後でもあり
なんだか、食の凄みを感じた。
自分の心を自分でコントロールするのはたいへんだ。
個々の存在を切り離して責任を追及することは
ある側面からは、とても大事なことだ。
でも
全体がそれに関与している、という視点も
忘れてはいけないんだと思う。
個々の責任や義務がすこしずつ明らかになるほどに
全体
はその自責の念を忘れていく。
これは
日本の、過去の戦争への感覚とも、似ている。
きりはなすことと、つなげること。
難しいけれど
わすれずにいたい。
アイコンとしての個人をせめてそれで個々人の心を鎮めるのは簡単だ。
でも
そろそろ
そうしちゃいけないんじゃないか。


そんなことを
思った。