石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

新聞カンケイナシ。(ゴメン。)

もよーん
としている。
満月近いし、こんどは食だし
体調に異変がない方が変なんだよな、、、
いえこれは
万人に当てはまるというわけではなくて
私の経験的にそう、というだけです、大丈夫。


満月や新月を気にする生活が結構続いているので
そういうのに敏感になってきたのだ。
調子がいいときがあって
調子が悪いときがある。
以前は「調子が悪いとき」を
「そんなはずはない、もっとがんばらねば」
と無視していたので
いつがよくていつがわるいのか、
ぜんぜん「経験」として積み上がらなかった。
でも最近は
「調子ワルイー、うーんうーん」
と体感し
あー、、新月
あー、、満月か
あー、、、、ん?なんでもねーな
などと考えるようになったので
調子のいいときがあり
調子の悪いときがある
それらはだいたい2〜3日ごとに変わる
というようなことが分かってきた。
つまり
「経験」として認識され、それがつみあがってきた。
ような気がする。

今日
電車に乗ってたら
隣のおじさんが本を読んでいた。
タイトルとかは分からなかったんだけど
言ってはいけない言葉」
というのが書いてあって
「何故それを言ってはいけないか」
が講釈してある本だった。
ふむふむ。
言ってはいけない言葉:『不安だ、心配だ、どうしよう、困った』」
「これを言ってしまうと、それはほんとになります。言葉は自己実現するのです」
みたいなことが書いてあった。

ガーン。

私は常日頃
「思ったことは、思え」
と言うことが多い。
「思ったことは、言え」
とも、言う。
不安なら、不安と言えばよい。
困ったら、困った困ったと騒ぐのだ。
そしたら自分でも
「ああ、自分、不安なんだな」
って
いつかわかるだろう。
不安だなー
とおもっているとき、人は不思議と
「自分は今不安な状態にあって、困った気持ちなのだ」
ということを自覚できていないものだ。
これは、ヘンなんだけど
ホントなのだ。
「不安でたまりません」
と言うとき
「自分は、そうか、不安な気持ちなのだ」
などと解ってはいないのだ。
不安に飲まれていて
「不安な自分」を、知っているわけでは、ない。
少なくとも自分の体験から言って、そうなのだ。

だから私は
「口にしたほうがいいよ」
「悲しければガンガン泣きなさい」
と書く。
間違いなくそう書く。
だって
彼と連絡が取れなくて、不安じゃない人なんか、いるもんか。
部下が無断欠勤続けてるのに、へっちゃらな上司なんか、いないだろう。
心配して当然なのだ。
そういうのを
「言ったらホントになってしまうから言わない」
なんて
へんてこりんー!こりんこりんー!
だ。ふん。(ヤケ)

でも
その本には
このようなことも書いてあった。
言ってはいけない言葉:『運が悪い、悪いことばかり起こる、気が進まない』」
「こういうとその通りになってしまいます、言葉は自己実現するのです」
ふーむ。
これは、あれだ、ある意味、イイと思う。うんうん。


思うに
「イイコトがない、悪いことばかりだ、運がない、なにをやってもうまくいかない」
というのは
言うのはいいんだ。
でも、
本気にしては、イカン。と思うのだ。


いや、実際
なにをやってもうまくいかない
っていうときというのは
誰しもあるのだ。
私だっていっぱいある。
いっぱいあるっていうか、もう
「私はなにをやってもうまくいかないの大家である」(オオヤじゃない、タイカ。)
と宣言したいくらいである。
でも
そう叫ぶのはいいけど
決してそれを
本気にしては、イカン。と思う。
何をしてもうまくいかない気がするときは
思い切って何もしない!
というのも手である。
この
「思い切って何もしない!フテ寝してやる!」
と決めることすら
ある種の「行為」であって「変化」である。
「何もしない!」
なんてつっぱるのは
現代女性は特に、へたくそである。
ほとんど心理的に不可能である。
でもそれをする
というところに
状況を変える鍵があったりすることもあるのだ。


最近、引っ越しの際に発見した雑誌に
「オマジナイ・ジンクス」
について書かれていた。
あれは
後ろ向きと前向きのキワキワの境目にある行為である。
基本的には
「この世では、自分には理解できない世界の影響によっていろいろなことが起こる」
という前提がある(だろうとおもう)。
でも
「おまじない・ジンクス」
を実行する心というのは
「いまのまま、手をつかねて何もしないでいても、状況は変えられない」
という哲学の元に成り立っていると思う。
なんでもいい、
佐川急便の飛脚のふんどしにさわるのでも
まゆげコアラを探すのでも
振られニキビを必死につぶすのでも
好きな人の髪の毛を取ってきたり(しばしば間違って他の人のだったり)
ピンクの紙にピンクのペンでハートを書いてどこかに入れたり
四つ葉のクローバーを探したり
オマジナイを超えてほとんど「魔術」といいたいようなことでも。
とにかくなんでもいいから
「現状に何かを加える」
ことによって
未来が変わる!
と思うのは
ある意味、正しい人生哲学ではなかろうか。

不安なとき
「不安だあっ!」
と叫んでみるのだって
けっこう「何かする」ことのうちの一つである。
でもそのときに
「そうか、不安なんだな、俺」
「リストラされそうだったら、不安でアタリマエだよな、俺」
って認識できたら
きっと
その先
黙って待ってたよりもイイコトがありそうな気がするのは
私だけだろうか。

金もとらずに盗み読みをゆるし(気づいてなかったかもしれないが)
(もしかしたら「そういうときは文句を言ってはいけません」って
あの本に書いてあったのかもしれないが)
ここまでネタをひっぱらせてくれた知らないおじさん、ありがとう。

届かぬ声で貴方に伝えたい。
「弱音は、はいていいんだぞー!!!!!(と思うぞー)」
と。
おじさんが明日から
「言いたいけどガマンの子」
にならないことを
いま痛切に、祈っている。
彼の奥さんが
「あんた、そんなばかなもの信じないでいいのよ!
 愚痴がいいたけりゃ、いくらでもアタシに言いなさい!
 毎日働いて苦労してんのに、それ以上がマンして、どうすんの!」
と一発カツを入れてくれることを
痛烈に、祈っている。



そしてその奥さんにも愚痴を言える友達がいて
その友達にも愚痴を言える相手がいて
そうやって
地球を一周してくれることを
熱烈に祈っている。