石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

めぐりめぐる

今朝、バンアチェのあたりで
また地震があった。
焦った。
気になるままに、ホロスコープを書いてみたモノの
????
あんまりぴんと来ないのだ。おかしい。


でも、見ているウチに
ははーん
と気がついた。
上記ホロスコープ
Webで提供されている自動計算ソフトで計算し
それを紙に書き写したものだ。
これでは解らないことが
いくつかあるのだ。


それは
「いつ、その星が逆行←→順行になったか」
ということである。
「この時点で順行(逆行)だった」という情報は得られるのだが
「いつ切り変わったか」
というのが、自動計算では、ワカラナイのだ。



アナログな「暦」を見たら
冥王星の逆行が
ちょうどこの28日から29日開始、であることが判明。
一連の地震騒動では
この冥王星が、わりと重要な指示星になっているのではないか
と私は考えている。
冥王星地殻変動やマグマを扱うと言われている)


「いつそうなったか」
「どういう流れになったか」
「どこで流れが変わったか」
という
時系列での情報処理ってのは
なかなか難しい。
みんな
「今目の前で起こったこと」
しか
視野に入らない気がする。
たとえば今回のスマトラ沖地震でも
「昨年12月の地震

何日の何時頃震源がどこだったか
というのを
Webでのニュースサイトから掘り起こすのは
えらい手間がかかるのだ。
「昨年12月末の地震の余震だと思われます」

気象庁の人か誰かが、言っていたのに。
今日の地震のニュースのページに
昨年末の地震のニュースへのリンクがついててもおかしくないとおもうのに。
そのアタリの連携をとるのは
実際のところ
とても難しいのだ。
時間軸で輪切りにするのはカンタンでも
時間軸に沿って波のように、物語のようにモノを見るのは
むずかしい。


連続性
非連続性
という言葉があるが
この「連続性」というのが、今の時代は、把握しにくいんだろうなーと
なんとなくおもう。
うまく例がみつからないんだけど。
でも本来は
日本人はそういうことが得意なんじゃないかと思うのに。
猿に「尻が赤いから、『アカ』」とか名前を付けて個体識別する研究を始めたのは
日本人だ。
欧米人は「マジメな研究で擬人化を行うとは、なんちゅーアホか」とか言ったが
べつに
感情移入しようとしてそうしたんじゃなく
その生き物の「人生(?)」の連続性みたいなモノに
目を向けたからなんじゃないかとおもう。
続いているのだ。
この出来事とこの出来事は
意味を持ってつながっている。
意味を持ってつながっているからこそ
人間のアタマが介在しないと
それを「連続」として捉えることは出来ない。
出来事同士が
目に見えてひも付いているわけではないからだ。
連続は
「意味」を必要とするような気がするのだ。
意味は、それを感じる主体、つまり人間のアタマがないと
みえない。




知人とお酒を飲むと
お互い、失ったモノの話をすることがある。
家族の一人が昨年、半身不随になったが
そばにいる家族の幾人かは
「元に戻ってほしい」
と考えている。
でも
それは、ちょっと違うだろう、と
私は考えている。


必要なのは
元に戻すことではなくて
新しいモノを作り出すことなのではないか、と
失ったモノの話をするとき
いつも、思う。
過去には、戻れない。
物事は連続していて、不可逆で、でも、螺旋状に回っていくのだ。


神様じゃないから
すべての人を救ったりは、できない。
でも
目の前に、私が手を下さなきゃいけないことは
厳然と存在する。
そのことについて
私は今、出来ることをがんばるしかない。
そこにもうすこし負荷をかけて
持てるモノを出来る限り シェアするしかない。
失った人も
失わなかった人も
出来ることは目の前に厳然とあり
それについて自分を裏切らない、それしかできない
という部分では
いつも差別なく、「同じ」なのではないかと、思うのだ。