石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

今年もエイプリルフール。

そんなわけで(どんなわけだか)
今年もエイプリルフールでした!
お昼前に正常化がルールということで、
すでに元に戻っております。
ネットで元号の発表を気にしつつ正常化作業をしました(笑


ツイッターや、こちらのコメント欄にコメントくださった皆様
本当にありがとうございました!嬉しかったです!!!
毎年「誰も笑ってくれなかったらどうしよう・・・」と
ドキドキしながら日を越すのが3/31なんです^^;)
見てくださって本当にありがとうございました!


見そびれた皆様、以下からどうぞ。

今年、2019年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index_20190401.html


2018年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index_20180401.html


2017年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20170401.html
「What'sNew!等。」の「大切なお知らせ」および、
「週報への道」の各星座をクリックして見てください。


2016年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20160401.html


2015年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20150401.html


2014年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20140401.html


2013年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/20130401index.html


2012年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20120401.html
ページの一番下から、バージョン2に飛べます。


2011年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20110401.html


2010年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index20100401.html


2009年(マウスでページをドラッグしてください。)
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/ffindex.html


2008年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index080401.html


2007年
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/2007index.html


2006年
http://st.sakura.ne.jp/%7eiyukari/4fool.html


2005年
まぐまぐのメルマガでやったのでもう見られませんが
「実は石井ゆかり、男でした」
というネタでした。
「やっぱりそうだったんですね!」
という反応を多数頂きました。なんでだ。


今年のポイントは、
「音楽性の違い」
というのが言いたかっただけです(爆


自分では一生使わないんだなこのフレーズ・・・・
と思ったら
使ってみたくなりました。


エイプリルフール企画も
今回で15回目ということになるのですが
何故か今年は
「もうやらなくてもいいんじゃないかな・・・」
という気持ちになりました。
どうしてそう思うのか解らなかったんですが
今日になって、なんとなく
ああ
と気がつきました。


というのも
エイプリルフールネタというのは、
そもそもなんらかの共通認識があって初めて、
おもしろい
と感じられるものです。
ゆえに、たとえば全く知らない分野のエイプリルフールネタは、
何が面白いのかよくわからないんですね。
元々の約束事がわかっていないと、
何が嘘なのかわからないので、面白くないわけです。
つまり、
エイプリルフールの基盤は「団扇」ちがった「内輪」です。
「内輪ウケ」
が、エイプリルフールの根幹にあるんだと思います。


以前は、漠然とした「内輪ウケ」が
インターネットにも何となくありました。
仲間同士というわけでなく、
横の繋がりはないんですが、
なんとなく
「いつも筋トレを見に来てくださっている皆様」
という、バーチャルな、ぼわーんとしたコミュニティ感を感じていて、
その感覚の中でエイプリルフールをやってきました。
そういう感じがどうも、このところ
薄くなっているのかな、と思います。


昨今のインターネットの状況は、
個個人のコミュニケーションはラインなど、クローズドな場に移行していて、
一方のオープンなサイトにはなんというか、
「垣根」が、なくなった感じがあります。
どこかで「ツイッターはゾーニングを破壊した」と言っている記事を読んだのですが
確かにそういう感じがあります。
Webコンテンツは、以前は大雑把に言えば
「自分から探しに行って見つけるもの」
「知ってる人から口コミで教えてもらうもの」
だったのですが、
今は
「ふと、勝手に目に入ってくるもの」
「なんとなく流し見して、
ときどき立ち止まるけれども、また流れ去るもの」
なんじゃないかと思うのです。
ネットの中で
「自分がどこをどうたどってここ(webページ)に来たか気にしていないし、
ここがどこか(Webサイト・運営者)も、あまり意識していない」
というのが、
今の感覚なんじゃないかな、、
という気がします(当社比)。


そんなわけで、これも矛盾した言い方ではあるんですが
以前のインターネット的な
「グローバルな内輪ウケ」というのが
成り立たない時代になってきたのかな・・・という漠然とした感覚が
「もうエイプリルフール、今年はいいのかな」
という思いに結びついてきたのかもしれません。


ただ、そう考えてくると、やっぱり
さみしいな
という気持ちもすごくあります。


毎年楽しみにして下さる方もたくさんいらっしゃいますし、
こういうあそびで育てて頂いたのが
「筋トレ」だなという気もしているのです。
来年やるかやらないか、
ちょっとまだ決めていないんですが
もしやらないとしたら
前日にどっかで書きますね(気が早い)。


いや!
もし、驚天動地の大ネタを思いついたら、
ガマンできなくて、やってしまうかもしれません(笑


そのときはまた
お楽しみ頂けましたら幸いです!

マイカレンダー、創刊。本日発売です。

本日創刊、マイカレンダーです。


私はインタビューと、あと、コラムの連載をさせて頂いてます。
インタビューは
「この出版不況に、なぜ雑誌の創刊などという暴挙を…?」
という失礼千万な(しかし素朴な)逆質問から始まります。
説話社さん、そして編集長山田さんの熱い思い、読者の皆様に届け!
と、心から念じております。


マイバースデーは有名ですが、
説話社さんは他にもたくさん作られてます。
たとえばテレビ番組では、
制作会社とテレビ局が違うのって普通ですが、
本や雑誌もそういうのがあります。
年末近くなると占い特集や占いMOOKなどが出ますが、
説話社さんは占い系の雑誌・本の制作では、テッパンの老舗です。


そういう会社さんが、
自社の名前で敢えてこの時期に雑誌を創刊されたという
そのチャレンジ精神というか、
根の深い情熱に、感動しました。
というのも
現在は、雑誌と言えば「休刊」という時代です。
私も、古くは徳間書店「アッティーヴァ」をはじめ、
マリ・クレールや、Misty、グラマラスなど、
たくさんの連載誌の終幕を経験してきました。
そんな市場環境であるにもかかわらず、
雑誌を新しく創刊する、というお話をうかがったときは正直
「何を無茶な!(汗)」
と思ったんですが、
でも、お話を伺ううちに、
なんとなく
「そういう問題じゃないんだな」
と納得しました。


かつて大きなブームであった、
マイバースデーという少女向けの占い雑誌については、
最近、社会学者の橋迫瑞穂さんが本を出されています。

私は世代的には当てはまるところがあるんですが、
マイバースデー自体は読んだことがありませんでした。
ただ、この本を読んで、
なるほど、と思うことは多々、ありました。
学校では教えてくれないけれども、
生きていくためにどうしても必要な知恵
というのはたくさんあって、
それを、占いというメディアを通じて発信していたのが
マイバースデーだったのかな、とも思いました。


今も、早稲田大学の入り口の所にある、
説話社さんのオフィスには
「説話社」ではなく
「マイバースデー編集部」の看板がかかっています。
読者からのハガキや手紙がここに届けられ、
読者が訪ねてくることもあったそうです。
雑誌は、本よりも読者の心に近いもので、
読者にコミットしようとするところがあるように思います。
占いはどちらかといえば、
社会の外側に隔離されている世界で、
占いをする人間は、窓口のような役目を担うわけですが、
マイバースデーはまさに、
そうした「窓口」だったんだなと思います。
「異界」との窓口であり、
当時の読者である小中学生、高校生達にとっては、
大人の世界、未来の世界、未知なる自分の人生とアクセスするための
「窓口」でもあったのかなと思います。
社会のあり方が大きく変わり、家庭観もかつてとは様変わりする中で
私たちはロールモデル的なもの、
人生の型紙的なイメージを見失ったわけで
未来や大人の世界は、
まるでとらえどころのない未知のものとなっていました。
そんな未知の世界について、
未知の世界は未知の世界のままに保留しながらも、
学校的な教育とはちがった、
別のコミュニケーションの可能性を
マイバースデーは提示してくれていたものだったのかな、と
端迫さんの本を読んで、思いました。


そうした系譜に連なる、
今回の「マイカレンダー」。
「マイ」がちゃんと続いているところに、
説話社さんと、読者の皆さんとの繋がりへの思いが
しっかり保たれているんだと思います。
マイバースデーの読者の皆さんとの心のつながりを
説話社さんがずっと信じている、ということが
とても感動的で、じわっと胸が熱くなりました。


マイカレンダーの編集長である山田さんとは、
もう10年来のおつきあいで、
『石井ゆかりの星占い教室のノート』
も編集して頂きました。

石井ゆかりの星占い教室のノート

石井ゆかりの星占い教室のノート

この本は今も毎年少しずつ重版していて、
ロングセラーと言っていいと思います。
実は、その山田さんが最初に「編集長」をするのが、
この「マイカレンダー」なんです。


山田さんに会うと
「この人は、もしかすると私よりはるかに占いが好きなのかも」
って思います。
作る記事やコンテンツへの愛情がすごいのです。
すごく純粋で、情熱的です。
一見そうは見えないんですが、一緒に仕事すると、
「この人はほんとに、仕事が好きなんだなあ!」
って思います。
だから、占いが好きな方の心には、
きっと響く雑誌になっていると思います。



そんなわけで、マイカレンダー、
どうかよろしくお願いいたします!

谷中のひるねこBOOKSさんで、手書きサインカード付き!

突然ですが、お知らせです!

サインカード書きました!
今回は少し形が違うのも混じっています。
今ではあまり書店さんの店頭に置いて頂いていないような拙著を揃えて頂きました。


数量限定、3/29からです、ご興味の皆様は、お早めに!

神宮前でおみくじを。

2019年3月31日まで神宮前にオープンしている、
SWATiさんのポップアップストアに行ってきた。

swati.co.jp


昨年、SWATiの森さんからお声をお掛け頂き、
色々ご提案したりお打ち合わせしたりの結果、
「おみくじつき入浴剤」というコラボレーションをさせて頂いたのである。



私は京都在住なのだが、
かつてタクシーに乗った際、
運転手さんがこんな話をしてくれたのだ。

続きを読む

変わっていく時間。

なにか新しい考え方や価値観の話を聞いて
目から鱗が落ちた!
心にストンとおちた!
と思っても
その翌日に
ふと、自分の口から出た言葉は
まるで以前のままの価値観の言葉で
自分の心がちっとも変わっていないのにびっくりする
というようなことがある。


アタマでは解っているけれど
心が解っていない、
ということなのだと思う。
解ったけど、納得したけど、
しみこんでいない。
じぶんのものになってない。


ゆえに
ふと出てくる言動は
まるで以前と同じなのである。


世の中には「正しい情報」が氾濫していて
「そうなんだ!」とか
「なるほど、今までの自分の考え方は間違っていた!」とか
「思い込みが強くて、恥ずかしい!」とか
毎日のように思うのに
その後しばらくして
ちっとも変わらない行動をする自分に
びっくりして
がっかりする。


自分の間違った行動や考え方に気づき、
はっとして、
「こんなところは、改めなければ!」
と強く誓うのに
しばらくするとまた同じことをやっている。


人間は
どんなにたくさんの鱗を目から落としても
どんなにたくさんのものを心にすとんすとん落としても
なかなか
「本当に変われる」ものではないのだな
と思う。



一日や一週間や一年くらいでは
ぜんぜん変わらないのだ。


だから
古くからのいろんな業界には
「修行」
というものがあるのかもしれない。


自分の考えや行動が
正しくない
と解っても
いきなり自力で「変える」のは難しい。
たとえば
病気やケガを「なおす」のに似ている。
養生しなければ治らないけれど
養生したからって必ず治るわけではないのだ。
ケガや病気の方で、なんとか治ってくれている
ようなところがある。
時間薬とか
自然治癒力とかは
「自己責任」の外側にあるものだ。
さらに
誰かに治療してもらったり、看護してもらったりすることもまた
「自己責任」の範疇を超える部分をたくさん含んでいる。
「修行」であれば、師匠のような存在がいる。
これもまた、
自分の力の範囲を超えるものだ。


考え方や価値観を変える
ということも
ケガや病気を治すのに似ていて
時間薬とか自然治癒力とかの力を借りないとならないのだろう。
場合によっては
人の力を借りなければならないこともあるだろう。
自分の意志の力は、基本的に必要だけれど
それ「だけ」では
どうにもならないところがあるのだろう。


誰かに批判されたり、指摘されたりして
「ああ、自分が間違っていた」
と思うことだけでも大変なのに
さらに、その「間違い」をただして
価値観を変え
自分のものにするためには
どんなにたくさんの時間と労力と苦しみが必要になるだろう!


過去の自分と闘い
自分のプライドと闘い
だれかの無理解と闘い
闘って闘って深く傷ついて、
それでも毎日起きて、生きなければならない。


指摘されてもなにも変わらない(ように見える)人を見て、
指摘した人は、ガッカリする。
本人がその指摘を自覚しているなら、
指摘した人以上に、本人も、
ものすごくガッカリしてしまう。


自覚と、努力と、
その上に、「時間」が必要なのだ。
でも私たちはなかなか
その「時間」を待てない。


幼い頃から心に刻みつけられた価値観や考え方、
思い込みや認知の歪みが
ふと、行動にあらわれたとき
ゾッとするし
まるで、呪いや幽霊に取り憑かれているような気持ちになる。


もう逃げられないのか
という気持ちになる。


この先何年も時が過ぎて
「そのとき」がきたら
この呪いのようなものから解放され
すべての目の鱗が落ちきって
心の中のあらゆるつっかえが消え去って
いつも正しい答えを言える賢い自分になれるのだろうか。


ムリ


という気しかしない--;)


でも
ヤゴがトンボになるように
「そのとき」がくれば
今の自分とは別の自分になれるときが来るのかもしれない。




ユングの言う「統合」は
「そのとき」が来なければ、起こらない。
どんなに自分の問題を自覚していても
その自覚が、
新しい自分の誕生に至るまでには
時が必要なのだ。
「わかった」だけでは終わらないのだ。
花が咲くように
実がなるように
私たちも、何か新しい自分に「なる」ために
十分な時間を必要とするし
「機」を必要とするのだ。


もし、その「時間」、その「機」が
いつか自分にも
本当に巡ってくるのならば
今、自分の真の弱さや誤りや歪みに直面して傷つく
というその痛みを
なんとか、引き受けていこう
という
微かな希望がわく。


その「時間」「機」は、
時計やカレンダーでははかれない、
特別な時間だ。

久々のトークイベント。

9日、京都のマヤルカ古書店さん主催のトークイベントに参加してきた。
イラストレーターの佐藤ジュンコさんとの対談であった。
場所は恵文社一乗寺店さん。全国的に有名な書店さんである。

hanatomegane.jugem.jp


人前で話すお仕事は一昨年の春以来で、
ものすごく久しぶりである。
ちゃんとできるのか不安だったが
マヤルカ古書店のなかむらさん、ジュンコさん、
恵文社のみなさん、ミシマ社のみなさん
そしてなによりお客様のおかげをもって、
とても楽しい時間を過ごさせて頂いた。
なかむらさんは優しく聡明で、
ジュンコさんはあたたかく機知に富み、
ちゃんとお話しするのはこれが初めてなのに
まるで長らくの知り合いみたいだった。


そう・・・
紹介文では「交流がある」と書かれた二人だが、
実は、ジュンコさんとは、
石巻の一箱古本市で何度か顔を合わせただけの、
文字通りの「顔なじみ」だったのである。
ちゃんと話をするのは
まさにこの対談が初めてだったのである(爆


つまり、
いらしてくださった皆様には
「単に顔見知りなだけでまともに会話をしたことがなく、おたがいのことをほとんど知らない二人が、少しずつ打ち解けていく様子」
というめずらしい(?)光景を見て頂いたことになる。


ははは(汗

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